Regulus

獅子秘書置き場

ティータイム

 原因は何だったか、すぐに忘れてしまうくらい些細なケンカをした。

 些細と思ってるのはこちらだけで、向こうは意外と根に持ってるかもしれない。だからこそ少し離れた方がいいかもしれないと、黙って家を出た。散歩でもしてるうちに落ち着くかもしれない。俺が、というよりは相手が。

 家から少し歩いた場所にある行きつけの店。穴場らしく小さな店で満席になることもなかなか無くて、ランチもカフェもやってて、種類は少ないけれど美味しいケーキと焼き菓子がある。

 いつも座る席が空いてるのを確認して、マスターと視線を合わせてから、椅子が向かい合う二人席の片方に座った。

 オフの日に二人して起床が遅い時は、ブランチを食べにここへ来るのがほぼお約束になっていた。人が少なくて静かなのがいい、料理もケーキもドリンクも美味しいと小さく笑いながらマスターと喋っていた恋人の顔を思い出す。

 ここ最近はケンカなんてしていなかったから忘れていたが、どうやって仲直りをしようか。原因を忘れてしまったから、どちらが悪かったのかも分からない。何気なく言ったこちらの言葉を間違った解釈で受け取られたのならば、誤解はといておきたい。何より、ケンカなんてしてる時間が勿体無くて仕方ない。

 オーダーを取りがてら水を持ってきてくれたマスターにコーヒーを頼んだものの、すぐにテイクアウト用してもらうように伝えて、席を立った。ついでにレジの横のショーケースの中にある、色とりどりのケーキをいくつか選んで箱に詰めてもらい、オーダーの分と一緒に会計を済まして店を出た。

 切欠が何なのか、ゆっくり好みのケーキでも食べながらなら、きっとアンディも怒らずに話してくれそうだ。俺が原因を忘れてることもきっとお見通しなんだろう。これ以上、無駄な時間を長引かせないためにも、帰宅したら一番にアンディの分のコーヒーを準備して、お茶の時間にするとしよう。

 

capelli

「切ってやろうか」

 振り向いた俺に、ライアンは髪を切る仕草をしてみせる。

 確かに伸びて鬱陶しかったのもあるし、気温が上がり始めて憂鬱になっていたのも事実だが。

「…君が?」

「不満?」

 不満というよりは不安に近いが、ライアンのことだ。少なからず自信があるから言ってくれているのだろう。

 どこから引っ張りだしたのかレジャーシートをフローリングに敷いて、その中央にカウンター近くにあるスツールを動かして、座れと促された。

 用具も揃っていないけれど、ライアンなら問題ないだろうという安心感が出てきたから自分でも驚きだ。

「俺好みにしていい?」

 鋏を構えながら、ライアンが聞いてくる。とにかく短くして欲しいだけのこちらの要望が叶えられるならスタイルはあまり問わない。

「構わないけど」

「短いのもいいと思うけど、やっぱこうちょっと長い方が流れて色っぽく見えるだろ?」

 そう言いながら手を動かすライアンは、驚くほど少量ずつしか切らなくて、短く切って欲しい自分は逆に心配になった。とりあえず襟足はスッキリ涼しくして欲しいと伝える。それから。

「男に色っぽいは間違ってませんか」

「間違ってねーよ。アンディだって俺に色気感じることあるだろ?」

 視線を合わせることなく、髪が少しずつ床に落ちる音がする空間で男の色気について考えた。

 魅力に溢れているライアンに色気を感じない時の方が少ないのは事実だ。わざわざ言わないだけで、それはずっと見てきた俺自身も知っているし、彼に人気があるのも裏づけにもなる。

「色気感じない?」

 返事をしない俺に焦れたのか、手をとめて椅子を回されて目線を合わされる。

「感じないわけ無いでしょう」

 俺がライアンの傍に在ることが、魅入られている証拠なのだから。

 

最後の雨

「アンタ雨の日はいつもここにいるよな」

 霧雨が降る夜、社外近くの公園の隅のベンチに座っていると、ふと後ろから声を掛けられた。

「…ゴールドスミス」

「傘もささずにこんなとこにいるとさ、目立つんだよな」

 さして濡れてもいないベンチへ音を立てて座り込む。金髪の前髪が下りるほど、強い雨ではない。

「こんな夜に雨に濡れてる男を、誰も気にしませんよ」

「そう思ってんのは自分だけだろ」

 黒い編み上げブーツを履いた足を組んで、両腕をベンチの背もたれへと引っ掛ける。

「なんか悩み事?それとも、雨で何かを思い出すとか?」

「何もありませんよ。でも、」

 雨粒が少し大きくなってきたのを、水滴があたる肌で感じて俯いた。

「これからは雨を見たら、あなたのことを思い出すかもしれない」

 何も含んではいないセリフを見破ったのか、ライアンも過剰に反応することはなく微動だにせずに、雨が辺りの木の葉にあたって跳ねる音だけが聞こえてくる。

「次は傘もってくるわ」

 雨の世界の静寂を打ち破ったのはライアンの控えめの声。立ち上がり、ブーツが濡れた地面を打つ音が追加される。

「次は無いですよ」

 静かに立ち上がり、薄く雨のついたジャケットを手で払う。

 こうして静かに話が出来るなんて思ってもいなかったが、最後に穏やかな時間が過ごせるとは予想外だった。

「無いなら作る」

  急ごうともしない足取りで雨に濡れつつ、公園を横切っていくライアンの背中を見つめながら、言われた言葉の意味をずっと考えていた。

 答えが分かったのは、全てが終わって、また始まるその時。

 

Rainy voice

 雨が降っている。
 しとしと降り注ぐ雨音は静かで、それでいてどこか歌っているように聞こえるから不思議だ。

「アンディ?」
 やけに静かなリビングのソファに座っている背中に声を掛けるが返事は無い。隣へ座ろうと一度前に回りこんで顔を覗くと、銀の睫に縁取られた瞳は閉じていて、小さな寝息が聞こえてきた。
「珍しー」
 転寝をしてる姿など一緒に暮らしてきた中で片手で数えられるほどしかない。余程疲れているのだろうか。
 ソファに背を預けるだけの体勢は余計に疲れるだろうと、移動させるかどうか考えてる間にアンドリューがふと目を覚ました。
「……寝てました?」
「寝てたな」
 自分が寝ていたかどうかを人に尋ねるのは何だかおかしいなと、軽く笑い混じりで返答する。
 中途半端な体勢で肩が凝ったのか、アンドリューは両腕を順に軽く回しながら欠伸をする。
「雨の音が心地よくて」
 疲れが溜まってるのかと尋ねようとした矢先に、アンドリューが話し始めた。再びソファに背を預けた彼の視線は、少し窓が開いたままのベランダへまっすぐ向けられている。
「雨音しかしない世界は落ち着きます」
 マンションの高層階だけあって、街のざわめきは届くことはない。今聞こえるのは雨音と、アンドリューの声だけだ。
「そう思うなら、アンディは雨の日好きなんだな」
「ライアンは違うんですか?」
「ガキの頃は外で遊べねーし、雨の音が好きじゃなかった」
 空が暗くて、傘や建物に当たる雨が激しいほど周りの音が掻き消されてゆく。そのことを小さい頃はただ怖いとしか思わなかった。
「傘なんて差さずに外で遊びまわってそうなイメージなのに」
「イメージだろ、それ」
 今の姿から想像されると、雨に怯える俺なんてのはイメージしにくいのだろう、アンドリューの眉間に微かに皺が寄っている。その皺を指で触れて解し、閉じられていたアンドリューの瞳が開いたのを確認して話を続ける。
「最近は、雨音と重なるアンディの声がすっげー心地よくて子守唄みたいに聞こえるから、雨も好きになった」
 弱い雨はアンドリューの声を彩り、強い雨は掻き消されそうな声を無意識に拾いに行くから余計にハッキリとその存在を感じることが出来る。
「君に……子守唄?」
「またなんか似合わないって思ってんだろ」
「うん、ごめん、すごく」
 大きく笑うとこちらの機嫌を損ねると思って遠慮して静かに笑っているが、肩を震わせてる辺り相当ウケているのだろう。
「それに雨で気温下がるとさ、アンディの方から引っ付いてきてくれたりするし?」
 言葉とは反対に、アンドリューへ圧し掛かるように身体を寄せると、無言で肩に顔が乗せられる。
「雨音が聞こえるのに温かいのは嬉しいな」
 素直な言葉と行動に、いつもみたいな反応を予想していただけに何も言えなくなってしまった俺の代わりに、雨音だけが囁いていた。

 

6/7 GKW2 無配

 

Sleeping lover

 急に暑くなった気温に耐えられなくなったアンドリューからアクアリウムに誘われたのが数週間前。

 イルカの新しいナイトショーが始まると知って、もう一度行こうと今後は俺から誘うと、待ってましたと云わんばかりに瞳を輝かせて頷いた。どうやら同じニュースをチェックしていたようだ。
「夜のショーは初めてだ」
 昼間のイルカショーなら先日も見たが、今回は夜ということでプログラム自体が特別なものになっているのだろう。
「これだけなら夕方から行っても間に合うけど」
「あ…」
「早めに行ってペンギンとか見るだろ?」
 その予定だったという様に付け足すと、きょとんとした顔の後にアンドリューがふっと笑った。
「お見通しか」
「まぁな、気に入ってたし」
 前回はシロクマがお気に入りだった恋人は、また同じように見入って水槽の前から動かないのだろうか。
 今回は熊に嫉妬しないと強く思ったのだった。

◆◆◆

 ナイトショーまでに余裕をもたせてやってきたアクアリウム。館内を順番に見て周り、シロクマの前で一番時間を使うはずだったアンドリューが、今日は少し違った。
 今回アンドリューを惹きつけたものはまた別の海獣。白くて丸くてふわふわの、つい先日生まれたという赤ちゃんアザラシだ。
「まぁあれは誰でも目を奪われるな…」
 かくいう俺もちょっと可愛いなとは思っている。
 思ってはいる、が。
「まさかあれも俺っぽいとかじゃないよな」
 前回のことがあるだけに浮かんだ疑問を率直に隣に並ぶアンドリューに投げてみる。
「さすがにそれは。…あ、でも白いとこは似てるかな。
あと寝てる時の顔に癒されるのは同じかも」
 もはやこじつけのような気もするが、俺の寝顔に癒されるってのは初耳だ。
「俺の寝顔じっと見てたりするんだ?」
 わざとらしく聞き返すと、口を噤んでしまう恋人の態度が、まさに図星なんだと思い知らされる。
「嬉しいって話。そろそろ行こうぜ」
 これ以上意地悪いことをすると、せっかくのナイトショーが楽しくないものになってしまう予感がして、慌てて会話を切り替え、メインスタジアムへとアンドリューの肩を押した。
◆◆◆

 ニュースでも取り上げられていたのもあって、イルカのナイトショーはかなりの盛況だった。やや照明を落としたスタジアムの周りをイルミネーションが飾り、その中央でイルカ達が華麗に動く。派手さは無く、全体的に大人向けだと思えるプログラムだった。
「へぇ、ショーの内容って季節で変わるんだな」
 スタジアムから出る際、壁に貼ってある案内で、イルカショーの内容が定期的に変化することを知る。次回は夏前のようだ。
「また来たいですね」
「賛成。ていうかもうフリーパス買っとくか」
 来る度にアンドリューの新しい一面が見れたり、嬉しい発見があったりする。この場所は俺達にとって、相性がいい所なのかもしれない。
 館内から出て車に乗り込み、帰路に着く。仕事モードの時は絶対に寝たりしない彼が、助手席のシートで眠っている姿は珍しい。
 いつも気を張っているアンドリューが気が抜ける時間を自分が作ってやれるなら、こんなに嬉しいことはない。
 眠れる恋人を起こさないように、その夜はいつもより安全運転を心掛けた。

 

5/10 CC大阪無配

 

Jealousy to bear

 春から夏へと移り変わる季節。

 四季のある今の国で、ここ数日で急激に上がった気温に身体がついていかないのか、銀髪の恋人は心なしか機嫌が悪いように見える。
 涼しい国へと旅行に行こう、などと提案出来るほどスケジュールは空いておらず、しかし自分も含め気分転換は必要だろうと考えていると不意にアンドリューに名前を呼ばれて振り返った。
「ここに行ってみたい」
 珍しい彼からの提案に乗り気で近づき、行きたいと言われた場所をチェックする。タブレットに映し出された地図のそこは、いわゆるアクアリウム。確かにここなら屋内で、なおかつ水に囲まれているから涼しげだ。
「俺もそういうとこ行きたいと思ってた」
 さすが。そう言ってウインクして見せると、アンドリューもほっとした表情になった。

◆◆◆
 車を走らせて目的地を目指す。途中で買ったヨーグルトフローズンはまさしく俺好みの味で思わず頬が緩んだ。助手席のアンドリューもサクラとかいう淡いピンクのフローズンを少しずつ口にしながら、外の流れる景色を眺めていた。
 ウィークエンドは家族連れで混雑するのだろうアクアリウムは、平日の今日は比較的人もまばらで、屋内はますます涼しそうだった。
 入ってすぐの天井まである水槽の前に立つと、自分達が海の中にいるようで、思わず口を開けて見てしまう俺の横顔を見てアンドリューに笑われた。
「なんだよ」
「いえ」
「言えよ」
「かわいいなと思って」
 少し戸惑いつつもキッパリ言いのけるアンドリューに身体をひっつける。
「これでも?」
「そんなところも」
 動じなくなってきた態度に、嬉しい反面寂しい気もする俺はきっと我侭なんだろうと、小さな銀髪の頭を一歩後ろから眺めつつ先へ進む。
 イルカや小さめのクジラ、ペンギンなどを横目に見ながらゆっくり進んで行くと、アンドリューの足がふと止まった。
 どうしたのかと思えば、目の前には白い大きな熊。
「なに、熊好き?」
 明らかに今までとは違う反応に、新たな一面が知れる気配がしてワクワクする。
「熊が…というより、君に似てる気がして」
「俺?」
 一体どこら辺が似ているのか、じっくり観察しようとシロクマに視線をやると、もう一回り小さなシロクマを背中から抱えるように引っ付いていた。
「ね?」
「あぁ…そうね」
 風呂上りにリビングのソファで背中から引っ付くことが多い俺に重ねられたのだと思うと納得がいった。
「ライオンぽいとか大型犬ぽいとか色々思ってたけど、そうか、熊にも似てるのか」
 何やら一人すごく納得してスッキリした顔のアンドリューに特に投げる言葉が出てこず、シロクマに夢中になっている恋人がこちらを向かないのが気に入らなくて、軽く頬にキスをした。
「ッ…ライアン!」 
 途端、慌ててこちらに向いた金の瞳は大きく見開き、
距離を取ろうとする身体の腕を掴む。
「こんなガラス一枚隔てた熊じゃなくて、俺ならこうして触れるなーって」
 何に似ててもいいけれど、アンドリューが欲しいと思うのは俺だけであって欲しい。自分でも分かる、これは嫉妬だ。
「俺から手を伸ばせるのは、ライアンだけだ」
 距離を取るのを諦めたアンドリューが、暗い屋内、水槽からの光を背にして、綺麗に笑った。

 

5/4 SCC東京無配

 

Happy Promise

 片手より少し大きめの金色の箱。
 彼のファミリーネームのような眩しい色に、色味の抑えた赤いリボンが巻かれているそれを渡されて、何だとライアンの顔を見る。
「何って、今日、バレンタイン」
 開けてとの言葉に促されてスルリとリボンをほどき箱の蓋を持ち上げると、白いハート型を始め、上品で可愛いチョコが数個入っていた。
「女の子が喜びそうだな」
「アンディは喜ばねぇ?」
「まさか。嬉しい」
 感謝を伝えるとともに、早速白いハート型のチョコを指で摘み口元へ運ぶ。半分齧って中を目で確かめる前に濃厚なベリーの風味が口いっぱいに広がった。
「高そうな味がする」
 一つ食べただけでも分かる、専門店ならではのその味に自然と頬が緩んだ。
 女性で込み合うであろうこの時期に、自ら買いに行ってくれたのだろうか。とても目立つことこの上無いだろうが、女性の中から長身の彼だけが飛びぬけている店内の様子が安易に想像出来るのに、特に違和感が無いことに気付く。
 俺が同じ状況になったら完全に浮くだろうことも、容易く想像出来るというのに。
 そもそもバレンタインという日を忘れていたわけでは無いのに、用意してなかったことが今更悔やまれる。手作り、なんて器用なことは出来ないし、チョコでなくても小さなプレゼントを用意しておけば良かった。
 ライアンがこういうイベント事を結構好きなことは、分かってきていたはずなのに。
「今すげーネガティブな方向に行ってるだろ」
 俺の手の中の箱からチョコを一つ摘んで口に入れ、味わって溶かした後に喋りだしたライアンは、俺の心中を読んでいるかのようで驚いた。
「俺がやりたいからやってるだけだし気にしなくていい。やって、満足して、喜んでくれたら嬉しい。それで終わり。ただのエゴだ。見返りを求めてるわけじゃない」
 数秒でも手の温度で溶ける高級なチョコがついた指をを舐めとりながら彼が笑う。
「身構え過ぎ。こうしなきゃとか、そんな決まりないし、アンディがやりやすいように過ごしてくれたらいい。素のままでいてくれるのが俺としても楽だし嬉しい」
 そう言ってもらえて少し心が軽くなったということは、やはりどこか身構えていたところがあったのだろうと認識する。
「カウンセラーでもいけそうだな、ライアンは」
「は?やだよ。俺はアンディのことくらいしか分かりたくねーし」
「俺専属か」
 なんて贅沢だと思いながら、この心地良さに改めて感謝する。
「明日になるけど、デザートでも作るよ」
 バレンタインだからといって、チョコレートに拘る必要はきっと無い。ライアンの好きな料理だとか、俺の作れるデザートで彼が以前褒めてくれたものを作ってみるのもいいだろう。
「じゃあクッキー焼いて。ナッツ類ざくざくで」
「分かった」
 火加減さえ間違わなければ比較的失敗しない、と以前俺が発言したことを、きっと彼は覚えているのだろう。
 負担にならないように、さりげなく気を遣う。ライアンのこのスキルは年上のはずの俺よりも数倍高い。きっとこの先、俺が適うことは無いと思わせるほどに。
「もう食わねーの?」
 次のチョコを俺がいつまでも取らないから、口に合わなかったかと心なしか残念そうに呟いたライアンに、一度に食べたら勿体無いからと慌てて理由を告げると、そんな特別なものじゃないからまた買ってくる、今度はもっといっぱい入った大きな箱のやつな、と次があることを提示される。
 ライアンはきっと知らないだろう。「また」や「今度」と言った何気ない次の約束が、俺をどんなに喜ばせているのかということを。

 

 2/1 グラキス3無配

 

 

獅子秘書お題 01

V-ヴィルギル視点、R-ライアン視点


初めは慣れなかった自分より高い体温。それが今では無意識に触れてしまうほど、欲する熱に変わった。その温度は幸せすら感じられて、今では手を伸ばせば容易く包まれる。いつか溶けてしまえたらいいとすら思うほどに。
V-君の体温は幸せの温度で、

 

月明かりの無い日に、どうしてか部屋の灯りもつけずにソファに座ってじっとしている銀髪の彼にそっと近づく。気配には気付いたのか、触れる前に振り向かれ、そのまま軽く唇を触れさせる。暗くて顔が見えにくいからか拒否されることもなく、代わりに首に腕がまわされた。
R-暗い夜に口づけを、

 

雨の降る前、気配を感じとるのか頭痛がしたり体調を崩すことがある。その姿を最初こそ不思議に見ていたが、そんな体質もあるのだろうと見守るだけだった前と比べ、今では雨の降りそうな日は家で過ごすように提案する。明日は晴れだから出かけよう、そう言うと彼は決まってふわりと笑う。
R-晴れた日には出かけよう、雨なら眠ろう

 

小さな口喧嘩、年上の自分が折れればいいものをタイミングを逃して、こんなことぐらいでと思うかもしれないが、明日が見えないほど後悔の真っ只中にいる。どんな顔でどんな言葉で接すればいいのか分からない。こういうことに関しては驚くほど回らない頭を掻き毟った。
V-明日が見えない

 

その背中に天使のような白い羽が生えていても、意外というより似合いすぎて驚くだろう。白い背中から生える羽はきっと綺麗で、けれどきっと触れずにはいられない。なんてことを考えながら、月の光に浮かび上がる背中へと唇を寄せた。少し身じろぎ揺れる銀髪が静かにシーツに流れていく。
R-天使の羽に唇を寄せて

 

天使みたいだなと冗談ぽく、それでいて真剣な眼差しでそんなことを言う獅子に振り返る。似つかわしくないと思うそんな存在に比喩されて正直複雑だけれど、もし俺が天使だとしても君のためにその羽根を捨てることを躊躇わないだろうと呟くと、言葉に詰まる顔が見えた。
V-捧げましょう、この身の全てを

 

神経質そうな綺麗な字を書くのだろう。予想していたそれは裏切られ、重要ではないメモ書きなどはたまに解読不能なほど。昨日から付け始めたらしいまっさらのノートに日記ほどでもない文字数が見える。この日記に自分のことが書かれる日はそう遠くないだろうと一人微笑んだ。
R-まっさらなノートに君の字で

 

冷蔵庫の近くに置いてあるブラックボード。買い物メモや連絡事項伝達などに使っていたそれに書き込むのも、きっとこれが最後。礼と別れの言葉を書いたものの、すぐに後者を消して「また」と書き足す。次にいつ会えるかは分からないが、俺の小さな希望を込めて。
V-最後に黒板に書いたコト

 

ともに過ごす夜、感情を伴わなくても甘く感じるのは自分だけだろうか。日が昇れば何事も無かったかのように別れる関係は、苦くも感じられる。どちらかを強く感じれば、もう片方とのバランスが取れなくなり、抜け出せなくなる感覚。落ちているのは自分だけなのか、それとも。
R-ビタースイートルーム

 

すくい上げられたのは手だけではなかったと分かったのは数日前。こちらを待つように差し出される大きな手に、諦めて失いそうだったこれからを掬ってくれたのだと今更実感した。我ながら鈍いなと零した苦笑いすら優しく払われる。
V-すくい上げたのは、

 

http://chu.futene.net/31d/

こちらのお題の「Short/短文」より抜き出して使用させて頂いてます。

リング

---side R
渡せずにいる物がある。
随分前にペアで買ったものの、いざ渡した時の事を想像すると、どうしてか悪い方向ばかりに考えてしまって、渡すタイミングを見失っている。
困った顔をされたらどうしよう。迷惑と感じても、きっと彼は遠慮して口にしないだろうから、だからこそ渡せない。拒否出来ないから受け取って、苦笑いされながら礼を言われるくらいなら渡さない方がマシだ。
世間一般に知られているヒーロー、ゴールデン・ライアンが実はこんな臆病だなんて、自分でも笑いが出てくるほどだ。
でもこんな一面も間違いなく俺自身で、その欠片をようやく彼に見せれるようになってきたのに、こんな時は嫌というほど主張して邪魔をしてくる。
こんな物で縛り付けたくは無い。煩わしさなんて感じて欲しくない。強引に手を取ったから流されてくれただけで、もうきっと彼一人でも生きていける。そうならちゃんと手放して自由になって欲しい。
小さな箱の中のリングは、今日もまた暗闇の中に閉ざされた。

・・・

---side A

渡せない物がある。
随分前にふと思い立ち、既製品では物足りなくて自分で作ろうと準備をしてから完成まではあっという間だった。
予想以上にうまく出来たペアのそれを目の当たりにした時、ふと背筋が冷えた。
こんな物を作って、俺はまだ物足りないのだろうか。
ライアンが居なければ、一緒に生きていこうと言ってくれなければ、今の俺の生活は無かった。
どれだけしてもし尽くせないほど感謝しているというのに、俺はまだこれ以上何かを望んでいるのか。
そう思ったら自分はなんて欲深いのだろうと、泣きたくなった。
想いが通じ合っていても、いつまでも一緒にいれる保障なんて無い。
これを渡して、迷惑がられて結果的に彼を縛ってしまうのなら、捨てる方がいい。
どうして作ってしまったのだろう。喜んでもらえるとでも思っていたのだろうか。虚しくなるだけだということに、作る前の自分は気付かなかったことに笑えてくる。
掌の中のリングは、今日もまた引き出しへと戻っていった。

 

 

不器用な君と5題

全てライアン視点

 

1-容易く手に入れたものではないのだから、容易く手放すわけがない
「早めに手放した方があなたのためです」久しぶりに頭に血が上るのが分かった。想いが通じて一緒にいるはずなのに、信用されていないどころか突き放すような言い方。ものすごく困難だったわけでもないが、自分なりに苦労してやっと手に入れた恋人を容易く手放すわけがないのに。

 

2-そんな可愛い顔で睨まれても、口元が緩んでしまいます
睨まれて怖いと思ったことなんて実は無い。それだけ表情が動くようになったということだから、俺としては喜ばしい限りだ。だからほら、そんな更に目を細めてみせたって、こっちにしたらキスしたくなる顔ってのは変わんねーんだよ。

 

3-怒った顔も可愛い君へ、でもやっぱり笑顔が好きです
仕事中も寝てる時も怒った顔も、前と比べれば格段に種類が増えた表情のどれもこれももちろん好みだが、やっぱり笑顔が見たい。大笑いじゃなくて静かに笑うことが多いのを知っているから、それでもいいから、もっと俺の好きな笑顔を見せて欲しい。

 

4-I LOVE YOU と言ってみた
気持ちがこもってないわけ無いのに、照れ隠しなのか言うといつも睨むような顔つきになる。外で言うと「誰かに聞かれたらどうする」、ならばと家で言うと「知ってる」の返事。ちゃんと染み入るように受け止め欲しい。だから眠りに落ちるであろう直前に愛を囁く。

 

5-拗ねた顔が可愛いんだって
唇尖らせての拗ね顔が幼く見えて嫌いじゃない、と言ったあんたの拗ね顔は俺みたいに分かりやすいものじゃなくて、自分でもそんな顔してるって自覚ないんだろうけど、明らかにいつもとは違ってかわいい表情になるから、嫌いじゃないなんて言い方でなく、俺は大好きだって言う。